紫禁城

翌日も快晴だった。パスでまず天安門広場へ行った。百万人の集会ができる世界二広い広場だというが、見た目にはそんなに広いとも感じなかった。天安門に向かって右側に歴史博物館と革命博物館、左側に人民公会堂が偉容を誇り、広場の中央に三十八メートルの石の記念碑が立っていた。表の「人民英雄永垂不朽」は毛沢東主席、裏面の碑文は周恩来首相の筆になるという。観光客が大勢いて、みんな天安門や英雄記念碑をバックに、記念写真を撮り合っていた。
中国人の若い夫婦がカlキ色の軍服を着せ、軍帽をかぶせた四、五歳の男の子を真中に、三人で手をつないで歩いている。そんな家族連れが幾組もいた。私はこのほほえましい家族連れを見ているうに、どうして軍服や軍帽をかぶせているのだろうと思いながらも、戦争のない、平和の有難さ、幸わせさを思い続けた。
毛沢東主席の大きいカラー写真を正面に掲げた天安門をくぐって紫禁城に入った時、ガイド氏が「ご覧のように観光客でいっぱいです。迷子にならないように注意して下さい。もし迷子になったら、太和殿、中和殴、保和殿が一直線上に立っています。そうしてこの線の延長線上に出口の神武門がありますから、そこで待っていて下さい」と言った。
広い域内には黒い煉瓦が敷き詰められ、木が一本も植えられていなかった。ガイド氏がその黒い煉瓦を指さして「この煉瓦は七メートルの厚さに積まれであります。もし、刺客がこの下に穴を掘って来ても、煉瓦がバラバラと崩れ落ちて、刺客が死ぬように工夫されています」と説明した。この話を聞いて、またまた、どえらい工事をしたものだと思った。
太和離は、三十段ほど白大理石の石段を登った高台に建てられてあった。しかもその石段の中央に、龍を一匹彫った大きい一枚板の白い大理石が伏せてあった。私が、皇帝はこの石段の右か左かどちら側を登ったのかと尋ねると、皇帝は輿に乗って登るので歩くことはない。輿を担ぐ宮廷の人は、日頃から練習用の輿に水をいっぱい入れた桶を乗せて、その水をこぼさないように左右の石段を登り下りする訓練をしていたと説明した。中国の皇帝ともなると、他国の庶民である私などが想像したこともないことをしていたものらしい。
太和般の正面左右に直径一メートルもある大きい青銅の香燈が並べであった。伺かの儀式に皇帝が出御するときは、この香燈に香を焚いたもので、当時この香櫨には金が張り付けてあったが、北清事件の時攻めて来た英軍がその金を剥がして持ち去ったのだという。
神武門、つまり紫禁城の出口に近いところに牡丹園とわずかの木が植えられであった。そこに内廷というか、皇帝のお手つきの女性たちの宿舎があった。宿舎は驚くほど質素なものだった。この女性たちには数段の階級があって、百名近くいたらしい。しかも彼女たちは終身雇用制ではなく、二十五、
六歳になるとお暇が出たという。ガイド氏、がまた、こんな説明もした。この女性達の責任者が毎夕、女性たちの名簿を持って皇帝に伺いに来る。皇帝はその名簿を見て、今晩はこの女性の部屋と指定すると、そのことは、皇帝と、責任者と、指定された女性しかわからない。これは皇帝が、今晩泊っている部屋を秘密にすることによって、刺客の侵入を防止するためであったという。中国の皇帝はそれほど刺客を恐れていたらしい。私はその宿舎の二、三を覗いて見た。せいぜい十畳か十二畳くらいで、調度品らしいものはなにもなく、壁一重で隣の寝息が聞こえるほどの狭きだった。
「敬不母」という小さい額を掛けた部屋があった。どう読むのか、「母を敬わず」か。まさか、親不孝をせよという意味でもないだろう。ガイド氏に聞いてみたが、ガイド氏も首をかしげただけで考え込んでしまった。

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