黄河

夕食は食堂車でとった。たまたま注がれた葡萄酒が甘口で、とてもおいしかったので、ボーイさんを呼んで一本追加した。ラベルを見ると、天津製とあったが銘柄は忘れた。飲み残りをコンバートメント式(三人ずつ向い合って六名が入る小部屋がたくさん設けられている客車)の車室で董さんと飲んでいると、車掌が回って来た。アルコールに弱い私が、旅の疲れもあってか、甘口の葡萄酒についつい気を許し、若干酔いが回っていて、断わる車掌に無理に一杯進呈した。
洛陽までの聞に列車は黄河を渡るはづである。世界の四大文明の発祥地である黄河を是非一目見たいものだと頼むと、董さんは「夜中になりますよ」といわれたが、夜中だからと言ってせっかくの機会に見過ごすのは残念である。「夜中でも結構です。起こして下さい。闇夜の黄河、また可ならずや」
そう言って頼んだ。董さんは、さき程の車掌さんに頼んで来て下さった。
何時頃か、董さんが「郎郵ですよ」と起こして下さった。列車は止まっていた。雨、が降っている。遠くにボーと人家の灯が一つ見えた。草生が昼寝をした茶店はあの辺にあったのかも知れない。
青雲の志を抱いて郷闘を出た章生は、ふと立ち寄った茶店で道士呂翁に会う。童生の大望を聞いた口口翁は、持っていた枕を取り出して、この枕を使えば願いごとは何でも成就すると言って貸した。麓生が拝借して横になり、枕を頭に当てると、見事にむづかしい科挙の試験に合格し、美しい娘さんを妻に迎え、地方長官を歴任し、ついに大臣の栄職にまで昇り、平安のうちに八十余歳の天寿を全うするところで目が円見めた。
童生が巴翁から枕を借りて横になる時、茶店の主人が鍋に粟を入れて炊き始めようとしていたが、その粟がまだ炊き上がらない束の間の夢であった。童生は出世街道を走る束の間の人生のむなしさを倍り、母のもとに帰って孝養を尽くしたという。私は八十歳まで後十五年だ。夢でもいい、そんな人生を経験してみたいと年甲斐もないことを考えていると、車掌さんが起こしに来てくれた。廊下に出て、パカチョンのカメラをセットして、今か今かと待ち構えた。列車が少し遅れているらしい。車掌さんが少し早く起こしてしまってとなんども恐縮しながら詫びに来た。
小一時間待ったときだ。車掌さんと董さんが、いよいよ黄河を渡りますよと知らせに来てくれた。それからすぐ、列車は黄河を渡り始めた。ゴウゴウと水面に反響する響が違う。雨の降る闇夜である。この響きを問いただけでもいま、太古から昼夜流れ続けている黄河の上にいるという感激で胸がときめいた。董さんが五十メートルくらい先に点々と等間隔に水に映る灯が古い鉄橋の灯ですよと説明された。とにかく、写ろうが写るまいが続けて二、三枚シャッターを切った。列車の窓を打つ雨足が水滴になって白い筋をのこして流れている。渡り終るまで何分、いや伺秒くらいかかったものか、相当長かったように思う。渡り終る瞬間、列車の灯で岸辺が明るく照らされ、はっきりと水際を見ることができた。

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