成田新空港

この三ヵ月、念入りに準備をしてきた三回目の中国旅行の日がきた。例年より遅い庭の枝垂れ梅が、
ようやく咲き初めた三一月六日(平成コ一年)である。六時半に起床し、携行品を一覧表と照合しながら最後の点検をした。パスポートはすぐ出せるように外套の内ポケットに入れた。肩掛けのバッグには、画用紙と油性サインベンにクレヨンにオペラグラスを入れた。水筒と下着類はトランクに入っている。靴は履き慣れた白ズック靴で、玄関に揃えてある。所持金は三つに分け、外套とズ、ホンの内側に、そのために縫い付けたチャック付のポケットとトランクに入れてある。これで忘れ物はない。
毎朝散歩に連れて行く犬のエリ君が、今か今かとガラス戸の外で、目をこらして私の顔を見詰めている。「行くか」そう言って、鎖に繋いで出る。血統証を持ったポメラニアンを父にもつ小型の雑種であるが、頭がよく、ジャンプ力は抜群で私が可愛がっている五歳の雄犬である。
散歩から帰ってくると、朝食の準備ができていた。漬物に納豆に味噌汁、いつもと変らないメニューである。
食後、洋間で恒子と三、一二日前に買ってきた葛餅を食べる。エリ君が前足を揃えて見ている。「お前も食べたいか」そう言って、一個なげてやると、しっぽを振りながら、口にくわえ二、二一メートル離れた騨燭の陰へ持って行って食べはじめた。

八時五十五分、出発の時間である。タクシーを呼ぶ。すぐ来るという。荷物を玄関に出し、仏壇にお参りをして無事を祈った。
横浜駅東口のリムジンバス乗場で、成田行き十時二十分発の切符を買うとき、切符売場のおじさんが「今日は道路が渋滞しているので、いつもは九十分のところ、二時間半はかかりますよ」と注意してくれた。交通の渋滞について、全然予想していなかっただけに、一瞬あわてて、時計を見た。十一時五十五分成田空港北ウイングGカウンター集合には、まず間に合わない。私はすぐ、旅行社に集合時間より約一時間遅れると電話をした。バスは発車直後からもうノロノロ運転である。十三時五十分発の飛行機に間に合うだろうかと、時計を見ながら気が気でない。それでも後半は飛ばしてくれたので、お蔭で四十分遅れただけで着いた。
Gカウンターの前では旅行の予定、旅行中の注意等についてもう説明が始まっていた。
「湯川です。遅れて済みませんでした」と詫びながら挨拶をすると、三十歳前後の女性添乗員が、
「電話がありましたので、お待ちしておりましたが、今始めたばかりです。では、もう一度申します」と私を紹介しながら説明をし直してくれた。同行の旅行者は若い女性ばかりである。一応の説明を終えると「十三時三十分までに十四番ゲlトの前にお集り下さい」と、ひとまず解散した。私が「みなさんは」と尋ねると若い女性達のなかの一人が「友達同土で、大学の卒業記念の旅行です」という。
「湾岸戦争でヨーロッパは危ないので、中国旅行に変更したのです」とも言った。都内から四人、新潟から二人、茨城から三人、それに添乗員の十人に男は私だけであった。おしゃべりをしながら陽気にはしゃいでいる無邪気さは、なんとも頼りない。添乗員自身、が、侍みにしている表情で寄って来て、「湯川さんお願いしますよ」という始末である。なにか責任の半分を負わされたような気分になった。
集合時間までまだ三十分ほどある。成田まで見送りに来てくれた恒子と、しばしの別れを惜しんでコーヒーカウンターに入った。塵一つない掃除のゆきとどいたコーヒーカップの棚や、カウンターは、見ていて気持ちがいい。それに黒い蝶ネクタイを二文字にきりりと結んだ若いボlイさん、さすが国際空港のコーヒーカウンターである。待合室の雑踏もここまでは聞こえない。コーヒーは濃く、香りもあり、うまかった。
十三時十分、席を立っと恒子に手を振りながら階段を下りた。出国検査を受け、ベルトに乗り、十四番ゲ1トへ行った。搭乗ゲlトがいくつもある広い待合室には、搭乗を待つお客四、五百人も大きなトランクやバッグを傍において椅子に掛けたり、行列を作ったり、立ち話をしたりしている。言葉からして中国人が多いようだ。商社マンだろうか。出稼ぎに来て帰る人もいるだろう。
十四番ゲートの上には、上海行き一三・・五Oと時刻表が出ていたが、もうその時間が過ぎているのになんのアナウンスもない。
ベビーカーに赤ちゃんを乗せた若い夫婦が来て私の隣に座ると、奥さんが赤ちゃんを抱き上げた。淡いピンクの産衣を着せられ、ようやく首が据わったくらいの乳児であった。「伺ヵ月ですか」と聞くと、奥さんが人差指を一本立てて見せた。一ヵ月らしい。ときどきウワゴトのような声を出したかと思うとニコりとする。お母さんに似て、目がパッチリとして鼻、が高く、顔立ちのよい赤ちゃんだった。孫の寛子もこんな時があったのに、もう五歳になっている。早いものだ。土産は何が良いだろうかなどと思い出す。

「お姉ちゃんの言葉はもう中国語か、おじさんには分からんよ」というと、そばにいた旦那さんが、うれしそうに笑って赤ちゃんの顔を覗き込んだ。

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