ウルムチ散見

二十時二十分、バッグを肩に掛けて、タラップに立った瞬間冷水を浴せられたように全身の体温が吸い取られた。雪が二、一二十センチも積もっているのだ。下りて行くうちに息苦しくなって来た。合羽を胸の前に掻き合わせながら急いでターミナルビルに走り込み、用意して来たチョッキを出して着た。みんな索、寒いと言いながら次ぎつぎと駆け込んで来た。ターミナルは狭く、薄暗かった。出迎えていた現地のガイドが流暢な日本語で「よくお出になりました」と言ってから、黄ですと自己紹介をした。三十歳前後の背の低い、青白い顔をした弱々しい男だった。一緒に下りた現地の人びとは、足早に暮れかかった薄暗い雪道に三三五五消えて行った。支山先生の姿はもう見えなかった。
パスに乗り込む。広い道路の両側に、葉の落ちた背の高いポプラがどこまでも、どこまでも整然と植えられていた。
ホテルまで四十分くらいかかるという。その聞に現地のガイド氏、がウルムチの概要について説明を始めた。「中国最大の自治区、新彊ウイグル自治区の区都で、天山山脈の南麓に位置し、人口は八十万、ウルムチはウイグル語で美しい牧場という意味です」という。どこの、どの民族も住めば都、自分たちの住んでいる所が一番良いと思っているらしい。街灯もまばらで、暗い人通りのない雪道を一人で歩いている人がいる。女性も見かけた。怖くないのだろうか。私はとてもこんな暗い人家のない道を一人では歩けない。やがて広い道路から、右の細い脇道に曲って二、三百メートル走った左側の鉄柵の門の中へ入った。そこが今晩泊るホテル、ウルムチ賓館だった。
ロビーは広かったが電灯は暗く、暖房はもう止めてあった。みんな寒い寒いと小刻に震え、早く部屋割りが決まらないかと足踏をしながら待った。
ロビーの隅に水墨画の掛軸や額が掛けであった。ラクダを描いたものが多かった。中国はどこのホテルでもロビーの一画に、水墨画や漢詩を書いた掛軸や額を掛けて売っている。これがまたよく売れるらしい。表装は粗末であるが驚くほど安い。ただし墨色と技量はすばらしい。売れるはずだ。新潟
から参加したお嬢さんが「一枚買って帰りたいが、どんなのが良い絵か見て下さい」と言った。三十分くらい待たせられてから、雪が積もっている中庭を横切って別棟の食堂へ行った。明るくて、チョッピリ暖房が入っていた。広い食堂にお客はわれわれだけであった。次々に出る料理は、羊の肉を使って油こいものばかりだった。あまり肉を食べない僕は、野菜を妙めたものと麺と御飯で済ませた。
夕食後、空港から乗って来たパスの運転手に、各自五元ずつ出し合って夜店の見学に出掛けた。夜店と言ってもホテルから十分くらい走った十字路の片側に、アセチレン灯や裸電球を吊り下げた下で、長い鉄の串に大きい羊の肉を刺して炭火で焼いて食べさせる店が十五、六軒並んでいただけで、日本で言えば焼鳥屋の露店だ。勤め帰りの人たちがむらがっている。イスラムの習慣で酒は売っていない。
露店の一番端に形も大きさもフットボールくらいの瓜を売っていた。女子大生達は「恰密瓜だと言って、ガタガタ震えながら「オイシイ、オイシイ」と言いながら食べていた。私はスペインで食べた瓜を思い出した。スペインで食べた瓜は、甘くて香りが高く、サクサクとして歯ざわりがよかった。それで一切れ買って食べてみたが香りも甘味もなく、青臭かったので一口食べただけで捨てた。彼女達のあのおいしそうな様子からすると、この瓜を食べるのが旅行の楽しみの一つだったらしい。スペインの瓜を食べさせてやったら、どんなにか嬉ぶことだろう。あまりおいしそうに食べているので、私はホテルの暖かい部屋でおしゃべりをしながら食べさせてやろうと思って、五個買った。日本円で千五百円くらいだった。ガイド氏と運転手がバスまで運んだ。

パスに乗ってからガイド氏に「今何度くらいか」と聞いたら「マイナス二十五度くらいでしょう」とアッサリと言った。われわれがだらしなくガタガタと震えているのに、さすがに土地の人もガイド氏も全然寒そうな様子をしていない。「美しい牧場」の人達の強いのに驚いた。
ホテルに帰ったのが十一時半だった。浴槽にたコぷりとお湯を入れて、ゆっくりと暖まると、空いている隣のベッドの掛布団も掛けて、すぐベッドに入った。赤地に龍紋が浮き出た布団で、白いカバーがかけであった。

九時にロビーに集合して、十センチくらい積もっている雪の中庭を横切り、昨夜夕食をとった新館の食堂へ行く。今も粉雪がチラチラと降っている。マイナス十五、六度はあるだろう。十時にパスに乗って博物館の見学に出かけた。氷ついた道の両側に植えられたポプラが真直に伸びている。ポプラとポプラの聞は三、四十センチくらいしかない。それも一列ではなく三列くらいに植えられている。ところどころ林のように二、三百本植えられている。密植である。その根本に雪が二、三十センチも積っていた。そうかと言って、日本のようにどんよりとした雪空ではない。快晴といっていいくらいの青空である。窓枠に黄色や青のペンキを塗った平家の民家が両側に見え始めると、すぐ市街の中心部に入った。道幅は広く、三、四階建のビルも立っている。どのバス停にも十五、六名の乗客が並んでいる。それぞれにカラフルな外套を着ているがさほど寒そうな様子もしていない。数千年来、この風土に生きて来た人達の馴れというものであろう。
街はづれに出た。朝市が立っていた。二、三百人の人が集まっていたが、バスの窓からは売っている品物はよく見えなかった。その左側にドームのある建物があった。雪の積った構内は広かった。ところがわれわれが乗ったパスは、その広場の正面に聞いていた鉄柵の中へ入った。博物館だという。建物の入口はイスラム風のアIチ式になっており、ロビーの壁の装飾は青い、小さい陶片で「米」の字のようなこまかい唐草模様をあしらい、ロビーの奥は改装中で、若い大工さんが二一、四人で仕事をしていた。
隣の大きい部屋の壁側に並べられたガラスケースの中には、この地方で発掘された先史時代からの生活用品や武器などが並べられ、壁に大きく書いた説明書が貼つであったが、漢字の外にウイグル文字で残念ながら両方とも読めなかった。日本では石器時代、蒲生時代と時代区分をするが、中国では奴隷時代、封建時代となっていたのが政治体制を端的に表現して、なるほどと思った。その隣りに、なんべんも見たことのある秦の始皇帝や唐の太宗の複製の画像が掲げてあった。
私たちが見ているところで二歳くらいの黒い洋服に赤い蝶ネクタイを結び、ズボンの裾を折り上げてもらった坊やが入って来た。色白で目がクルりと丸い可愛い顔をしていた。「ホーク」と言って頭を撫でてやると逃げるようにしてお母さんのところへ走って行った。悪かったかなあと思っていると、お母さんが「あそこにも暑のおかしきんがいるよ」と知らせに行ったんですよと言われたので、その方を見ると、真中の大きい柱の前になるほど私のような暑を生やした胸像が立っていた。「あそこにも暑のおじさんがいるね、お利口さん」というと坊やが、小さい手でその胸像を指しながら私に見せるために先に立って歩き出した。私がその後からついて行って、また「お利口さん、お利口さん」と頭を撫でてやると、さも満足そうにまたお母さんのところへ走って行った。同行の女子大生達がその光景を見て「かわいい坊や、かわいい坊や」と褒めそやした。お母さんも満足そうにニコニコしていた。色白で茶色の髪と外套の着こなしからして、旅行中のヨーロッパ系のお母さんらしかった。
漢時代の婦人が使った櫛と化粧用品があった。庶民が使った実用品らしく、もう黒ずんでいた。当時の食糧も紙の上に一握りくらい置かれであったが、これも黒ずんでいて米か麦か見わけができなかった。中国では米と麦の区別ができない者を「米麦を弁ぜず」と愚か者の意味に使うそうだが、この言葉を思い出して独り苦笑した。
青銅の鼎があった。高い足が三本ある。鼎は物を煮る道具で、その大きさでそれを使う人物を評したという。「鼎の軽重を問う」今でも日本では使う言葉であるが、この鼎の大ききからすると、私くらいの男が使ったものらしい。大きくはなかった。
青銅の唐獅子があった。七、八センチの小さいものだった。ところどころに金箔が残っていた。香櫨か床の間の置物か、とにかくこれは逸品だった。
銅鏡が四、五枚あった。そのなかに八弁の鏡が一枚あった。唐時代のものだという。中国で最も華やかな時代の鏡である。牡丹が浮き彫りされてあった。
赤、青、黄、緑、の波形の縞模様の布の断片が数枚あった。十年くらい前にソ連のウズベク共和国のブハラへ行った時、ブハラの女性は今でもこの模様に似た衣服を着ていた。ある月夜の晩、湖面に映る月の光が黄、青、緑、赤と波聞に揺れているのを見た王様が、妃のために織らせた模様だと言われている。地理的に見てブハラまで僅か五百里(二千キロメートル)の陸続きである。同じ文化圏に入るはずだ。
薄暗い部屋に、ガラスケースの中に入れられたミイラが五体あった。どこのどんな人だったのだろうか。そんなことを考えながらもやっぱり薄気味が悪かったが、近づいて見ると、髪の毛は抜け、茶褐色の紙を貼ったような額、目は窪み、鼻は小さく干からび、前歯が出張っていた。女子大生の彼女等たちはみんな顔をそむけて次の部屋へ行った。昼食はホテルへ戻った。

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