ハバロフスク着

自分の画才にまだ眠っている部分があるのではないか、もしそうであれば、なんらかの刺激によって目覚めさせてやらなければとの自負心も手伝って、念願のシルクロードの旅に出た。スチールカメラ(おミリ)、ムービーカメラ(凶ミリ)、水彩絵具、スケッチブック等、七つ道具の準備も怠りなく、六月十五日十二時五十五分、新潟空港を離陸し、十四時四十五分ハバロフスク空港に着陸した。ギラギラと輝く初夏の太陽を翼に反射させながら、新潟空港を飛び立って、青い日本海を斜めに北上してから一時間五十分である。小型プロペラ機であったから、もっと大きいジャンボかジェット機なら=一、四十分で着くのではなかろうか、シベリア大陸はすぐ自の先にあったのだ。
ハバロフスクはサハリン(旧日本領樺太)の対岸に位置するソ連極東軍司令部のあるシベリア第一の都会である。
タラップに立つと、空は雪雲のようにどんよりと曇っており、頬に当る風は冷たい。日本でいうならば、そこここに雪がまだ残っている三月初めの気候である。さすがに北極に近い、最果ての地へ来たという感じが身に染みる。
ようやく芽をふき出したポプラやアカシアの新緑に固まれた空港には、われわれが今乗って来たJAー(日本航空)993便のほかに小型機が二、三機翼を休めているだけで、羽田空港の混雑を見馴れているわれわれには何とも物足りなく、淋しく感じる。今立っているところがシベリアなんだ。ここがハバロフスクなんだと、プロペラ機で無事に飛んで来たことを内心喜びながら、なんべんも自分に言い聞かせた。
ブルーの作業服を着た二メートル近いロシア人が五、六人忙しそうに、JAー機の周りを大股に歩き回っている。われわれのグループ十二名と同乗して来た七、八名の外人を、胸を張って堂々と歩く、恰幅のよい三十五、六才のロシア人女性が空港ビルに案内した。
空港ビルは案外小さく、帝政時代からの建物か、くたびれ切っていた。入口の右側に大きいレーニンの銅像が立っていた。彼は、チョッキの上ポケットに左親指を差し込み、右手を力強く前に振り上げながら、なにやら絶叫している。このポーズは何回となく伝記や歴史の本で見馴れている。この銅像を見てここはロシアなんだと改めてはっきりと意識した。ム口座の周りに植え込まれたベコニアが赤い小さな膏を付けていた。
狭い入口を入った左側の十五センチメートルもある分厚いドアーを押し開けて、待合室に案内すると、堂々と歩く女性はどこかへ消えてしまった。さすがに待合室は広かった。床は板張りであったが天井は高く、白い壁に水色を塗った窓枠はきれいで、明るかった。見るもの、触るものすべてが大きく珍しく、それでいてどこか古くて不便なところがあるのは、やっぱりソ連という言葉よりもロシアという語感がぴったりとするように思う。
グリーンのレザーを張った木製の、不細工の長椅子が、テーブルをはさんで何脚も向い合って並べられている。どのテーブルの上にもロシア語の新聞や雑誌やパンフレットが積まれ、そんな中にメーデーの色刷写真を載せた日本語版の画報もあった。旅行者は自由に持ち帰ってもよいらしい。

先客が五、六十人いた。派手な花模様の服にピンクのリボンを胸に付けて、お互いに土産を見せ合ってははしゃいでいるアメリカさんの観光団。部屋の片隅に静かに待っている日本人にそっくりの顔をした一因。同行のK氏は「ヒソヒソと話し合っている言葉からして、朝鮮らしい、胸につけた揃いのパッジには人の顔が浮彫りされているが、ともすると金日成の顔かも知れない」となかなか観察は細かい。みんな新調の背広を着ているが、着こなしがなんとなくぎこちない。われわれのグループもこんなつまらないことを話したり、驚いたりしているうちに十六時半になってしまった。二時間近く待たされたことになる。その聞にロシアの出入国官吏官は一度も顔を見せなかった。どこの国でも五十人や百人の出入国手続きは二、三十分で済んできた。この調子で黙っているとこのあと何時間待たされるか分からない。着後、市内観光という今日の日程は、これで完全におじゃんになってしまった。早く入国手続きができないのかと添乗員(旅行社から通訳兼案内に同行した人)に文句をつけ始めた。陽気なアメリカ人さんと違って、待つこと待たされることを知らない、せっかちで気の短い日本人の性格が、こんなときにすぐ飛び出してくる。その実、僕も心はなはだ平穏ではなかった。

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