出発

昭和四十七年三月六日午前十一時三十分、羽田空港の国際線ロビーに着いた。見送りに来た甥の越也、が、いち早く見つけて飛んで来て、二時間も待っていましたと言う。これから乗るアリタリア航空のカウンターの前の椅子に腰かける。越也が叔父さんが回る国々の新聞を一部ずつ買って来てくれというので「ヨシ、ヨシ」と言う。
十二時十五分、この旅行を計画した日本交通公社のコンダクター山田(正男)氏が来て「十二時四十分からC待合室で旅行参加者の自己紹介と旅行中の注意と打ち合せをしたいので、それまでに昼食を済ませて集まっていただきたい」と連絡した。あどけない顔をした色白の小柄な男だった。
恒子と盤子(長女)と越也の四人で食堂に入る。海を渡るのでビールで乾杯をしようと言ったが、越也が「叔父さんはアルコールに弱いから飲まない方が良い」と言ったのでコーヒーで済ませた。僕と恒子はサンドイッチ、盛子と越也はこの時とばかりに豪華なものを注文していた。
C待合室に集まった十五名、夫婦者は私達のほかに広島から参加したと言う一組だけで、九州から参加した画家と称する五十年輩の小太りの男性と、京都から来たという同年輩の女性のほかはみんな若い独り者の女性であった。その中の二人は同じ美術館に勤めていて、ヨーロッパの美術館を見学するために参加したと言っていた。私は「公務員で、趣味で絵を描いており、一度ヨーロッパの風景を見たいと思っていたので参加しました。特にギリシャが予定に入っていたのがうれしい。途中数日間単独行動を計画しています。何かとご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお世話願います」と自己紹介をしてから恒子を紹介した。
私は打ち合せの途中に抜け出して、見送り人待合室へ行って見た。職場の石橋、早田両君と伊藤(春一)さんが見送りに来ておられた。
「見送りに行くからな」と言っておられた小里(元新潟労働基準局長)さんの姿が見えない。出発の時間も迫っていた。C待合室に引き返した時、手荷物につけるグリーンの荷札と座席指定のカードが配られていた。恒子がー2A席、私がー2B席で並んでいた。
山田氏が立ったので、各自パッグを肩に掛けたり手にぶら下げたりして歩き出した。見送りに来てくれた人達に手を振りながら国際線のゲー卜に入った。ゲートに入るともう見送り人の姿は見えない。税関も簡単で、出国手続きも旅券にスタンプを押すだけで済んだ。ここにも売店が並んでおり、どの店も免税店だから、煙草でも酒でも、何でも安い。男は煙草の包を一本ずつ買っていた。「Oさん旅券を落しませんでしたか?」と大きな声で呼んでいる。外国旅行の時は、何を落しても命と旅券だけは落さないように。旅券を落すと再交付までに十日か二週間はかかる。それまでは絶対に出国も入国もできないからと、つい先程山田氏が特に注意をしておられたのに、もう落したのかと思う。十五人の団体は、団体としてはそう大きい方ではないが、いろいろの人がいるものだ。
全員出国手続が終わったのを見届けて、山田氏が先頭に立って歩き出して階段を下りた。私が階段を下りた時、空港の職員が「湯川さん、いらっしゃいますか」というので、「私です」と言うと、「お伝言、がとどいています」と言いながら小さい小包を渡された。見ると「小里」と書いてあり、「元気に行ってらっしゃい」と走り書きのメモが包みの紐に挟まっていた。私は恐縮しながらも、うれしく受け取った。

出口にパスが待っていた。同じ飛行機に乗る外人がもう十人くらい座席に座っていた。私達が乗り終ると、バスは静かに走り出したかと思うとすぐ止まった。ものの四、五十メートルくらいしか走らなかった。そこにアリタリア航空のプロペラ機がドアーを聞いて待っていた。いつも京浜急行の電車の中から、銀翼を輝かして羽田空港を飛び立つ飛行機を見ていたが、今、これから乗る飛行機を目の当たりに見ると、古めかしくて、すすけて見える。これで大丈夫かしらと少々心配になった。
風があり、冷たい。十二月とはいえ春はまだ浅い。蒲田、大森方面の工場群が逼か彼方に見える。みんなはしゃいでお互いにこれから乗る飛行機をバックにして写真を撮り合っている。僕も恒子と並んでタラップを登り、振り返るところを同行の女の子から8ミリに撮ってもらった。やがて山田氏が記念写真を撮りますと言って一同をタラップの前に集めた。婦人の写真屋さんだった。空港の専属らしい。
搭乗がはじまった。ドアーのところに振袖を着た若いスチュワーデスが待っていて、微笑を浮かべて機内に招き入れた。正直言って色が黒く、お世辞にも美人とはいえないスチュワーデスだった。飛行機に乗るのは私も恒子も初めてである。機内に立派な入の字髭をを立てた三十五、六歳のなかなかの好男子で、金ボタンがついた紺のダブルを着込み、制帽をやや斜めにかぶった長身のイタリア人乗務員に座席カードを見せると、その席まで案内をしてくれた。恒子が左の窓際、その隣が私、私の隣に京都から参加したと言われたおばさんが座った。
窓は思ったより小さかった。その窓の下からAーITAーIAと黒いペンキで大きく書かれた銀色の翼が鋭く伸びていた。翼の下をトラックや空港の職員が忙しそうに動き回っていた。
ターミナルの展望台には越子や越也や早田君等がいるはずだが、方角が違うのか見えない。「越子よ留守を頼むよ」心の中で祈る。長男の将は高校へ行っているので来なかったが、男の子だから心配はない。
機内は列車の一一綱位の大きさで、中央の通路の両側に茶色のレザー張りの柔らかい椅子が三列ずつ機首の方を向いて座るように取り付けてあった。床に青い繊椴が敷かれ、天井はクリーム色でカーテンは白かった。
やがて安全ベルトを締めるようにというアナウンスがあり、エンジンの響きと同時に振動が伝わってくると、静かに滑り出した。「種子、元気に」そう思いながら外を見ていたら飛行機は大きく左に曲り、更にもう一度左に曲って滑走路に入った。滑走路に入ると飛行機は離陸のため俄然、轟音を立てて猛スピードで走り出した。二、三十秒後ガタンという音と共に体が宙に浮いたような感触があった。離陸の瞬間である。二時四十五分だった。
「盛子よ、種子よ」と心の中で叫ぶうちに、飛行機は機首を上に向けてグングン急上昇をする。蒲田、大森の街や工場がみるみるかすんで行く。もしも墜落でもしたらと高所恐怖症の私は、怖くて何かにすがり付きたいような気持ちを押し隠し、わざと平静を装いながら椅子の肘当てをしっかりと握り締めた。

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