パンコックからテへランヘ

九時十分、飛行機は降下し始めた。外を見ると赤い電灯と青い電灯がずらりと平行して幾すじも並んでいる。バンコックの飛行場である。バンコックの話は亡兄からなんべんも聞いた。亡兄は戦時中ガダルカナルを撤退して、インパール作戦に参加したが、この作戦からも撤退して、ここで陣容を立て直している時に終戦を迎えたという。
バンコックを飛び立つと夜食が出た。パン一個と鯨の缶詰のような肉とサラダ、それにコーヒー、僕はもう食べられない。お膳を片付け終ると、座席の正面に掛けてあった抽象画をスチュワーデスがクルりと回して裏返した。裏は白地だった。映画が始まるらしい。やがて室内の電灯、がつぎつぎに消され、暗くなると映写が始まった。東南アジアの自然である。植物と鳥類と猛獣の生態が写し出される。私はそれを見ているうちに眠ってしまった。
目、が覚めた。時計を見ると三時十五分である。カーテンを開けると星が輝いている。窓から手を伸ばせば届きそうなところにある。空気が澄んでいるから星の光が一層輝いて見えるのだろう。戦時中北朝鮮の雄基の近くの威林山という山に三年ばかり国境警備で駐屯したことがあったが、歩哨に立って見た北朝鮮の星の光りも澄んで輝いていた。ソ連との自然の国境、豆満江の河畔で人家の灯が一つも見えない真暗闇であったからだろう。眠っている聞にベンガル湾を飛び越えて、今印度の西北部、あるいはアフガニスタンあたりの上空を飛んでいるのかも知れない。
六時過ぎ、パインジュースが配られた。飛行機は降下し始めた。アナウンスがあって、イランの首府テヘランで給油のため休憩するのだと言う。降下するに従って、街や集落の電灯がはっきりとしてくる。青白い水面が見えてきた。川か、湖水か、地図を出して見た。もしかするとカスピ海かも知れない。六時四十五分着陸した。山田氏が、ここで約一時間休息するとあと三時間で最初の訪問地イスラエルのテル・アピブ空港に着く予定であると知らせに来た。
ここでまた、時計の針を三時間逆転させて三時四十五分に直した。時差の関係である。休憩中外に出ることもできるが、外は零下五度くらいであるから、暖かくして出るようにという注意もあった。イランは戦前のベルシャである。二千年前、近隣諸国の隊商が集まり世界の富を蓄積した大帝国である。英国の作曲家ケテルビー作の名曲「ベルシャの朝市」は、私の大好きな曲、だ。「魔法の繊鍛」、銀化した古い「ベルシャの壷」等とつぎつぎに思い出されて、ちょっとでもいいから、そのベルシャの土を踏んでみたいと思ったが、零下五度の寒さと聞いてまた来た時にしようと大事をとってやめた。滑走路を照らす青白い電灯の彼方に光の塊が見えた。テヘランの街であろうか。
山田氏が回って来て、イスラエルに入国する時に父の名前を記入する必要があるので教えて下さいという。十七年前に亡くなった父の名を言ってから、私が今何時ですかと聞くと五時十分ですという。私はまた一時間時計の針を逆に回した。日本では今何時頃だろう。ボクや笹子もそろそろ寝る時間である。飛行機はほぼ予定通りに飛んでおり、後四十分くらいでテル・アビブに着くという。
スチュワーデスが朝食を配って来た。
左側の窓辺に座っている乗客が騒ぎ出した。陽の出らしいわよと恒子が言った。私は8ミリを持って窓辺に駆け寄ってカーテンを開けた。地平線の彼方に真赤に焼けた線が一本、その線から上に段々とだいだい色から黄色、それからコバルト色の空に変って行く。翼の下の大地は真黒である。まさしく今、恒子と訪れるヨーロッパの最初の朝、昭和四十七年三月七日の夜明けである。太陽が昇る時のすがすがしい冷気はいつ、どこで見ても気持ちの良いものである。今機上から恒子と見ているこの夜明けの景色は、これからの私の生涯に忘れられない思い出として残ることは間違いない。じっとこの景色を二人で見つめた。真黒い大地、それは二千年前に国を追われて世界を放浪し、二十六年前にようやく独立したユダヤの国である。私は光が弱くて恐らく写らないだろうと思いながらも、どうしてもこの第一印象を残しておきたかったので8ミリを回してからスケッチをした。

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