テルアビブ着

タラップを下りるとパスが待っていた。外は生温かかった。三月初めというのに四月頃の気温である。ターミナルピルまで一分とかからない。パスに乗るほどのこともないと思うが、ガソリンや荷物を運ぶトラックが走り回っているので、乗客の安全と空港の整理上パスに乗せるのかも知れない。滑走路の外はところどころ赤茶色の土が掘り返されており、鉄骨が積まれ、太い鉛管を巻いた大きい輪が置かれている。建国二十六年、建設途上にあるこの国の姿をまざまざと見る思いがした。ターミナルの入口にパスは止まった。ターミナルの一階は広かったが、天井の鉄骨がむき出しになっている、まだ完成していないのかも知れない。壁に大きな白黒の写真が二枚掲げであった。一枚の写真の中心部に丸い屋根のドームがあり、もう一枚の写真は彫刻のある石の壁の前に一人の男がお祈りをしている。この民族の悲劇に題材を求めた心のよりどころの場所であろうか。
入国手続きで私が出した旅券は匡子のものだった。どこで取り違えたものか、あわてて二、三人前に手続きを済ませた恒子を呼んで旅券を交換し、三冊提示したらすぐ通してくれた。
山田氏は、現在三月七日、午前六時三十分ですと言って各自の時計を合わせに回った。空港ターミナルの出口に予約済のパスが待っていた。パスは窓から下はブルー、上は白く塗装されているが、その型といい、ところどころ塗装が剥げており、戦時中日本の田舎を走っていたパスよりもお粗末で、今ではスクラップ屋へ行っても見られない代物だった。

座席はブルーと黄色の縞模様のレザーが張ってあったが、背当てや肘当ては鉄パイプが丸出しになっている。背当ての後に一つずつ缶詰の空缶が下がっていた。煙草の吸殻入れである。「スクラップじゃないの」と正直に見たままのことを言った女の子、がおったので、みんな笑った。外で山田氏が茶色の皮ジャンパーを着た男と打合せをしていたが、その男と一緒に乗って「これから=一日間、われわれのイスラエル観光を案内して下さるガイドさんです」と紹介した。五十歳を過ぎたと思われる暴面の太ったその男は、もちろんユダヤ人であろう。そう思うとなぜか少し複雑な思いがした。彼は「日本のみなさん、ょうこそイスラエルにおいでになりました」とにこやかにそう言ってから「われわれはみな様おを待ちしていました。イスラエルは平和な国です。数年前北の方で何かあったらしい、が、今は何もありません。何の心配もありません。われわれの国をゆっくりと見て行って下さい」山田氏の通訳ではあるがなかなか親しみがもてる歓迎の言葉であり、何よりもアラブ諸国と戦争中であることを知っているわれわれの不安を除き、安心させてくれた心遣いに私が拍手をするとほかの人達もみんな拍手した。それから山田氏は運転手を紹介した。サングラスを掛けていた。彼も小太りでガイドさんよりちょっと若いくらい。彼は最近、アメリカの陸軍を除隊してイスラエルに来たと言った。われわれは彼にも拍手した。われわれのトランクは別の車でホテルへ運ぶらしい。
ターミナルの前の広場はまだ整備されてなく、パスが七、八台しか駐車できなかった。通路の向こう側は、樹木が植え込まれうっそうとしていた。濃い緑は暑い国を思わせた。パスが止まっていた前の小さい花壇の中央に高いポールが一本と、古風な街灯が一本立っていて、その傍らにフェニックスが一本植えられ、根元に黄色い花が咲いていた。私は初めて見るイスラエルのこんな風景を、すばやく二枚スケッチした。
バスが走り始めると、ガイド氏は「これからエルサレムまで約一時間かかります」と説明した。私はこんなオンボロパスで大丈夫なのかと心配になってきた。パスはすぐ右に曲った。両側はオレンジ畑が続き、黄色に熟れたオレンジが鈴なりになって、甘ずっぱい香りがパスの中にまで漂って来た。
人家がボツボツ見え始める。新建材を使った住宅も三、三あったが殆どの家は日本のやフロック大の石を積んだもので、窓は小さく、屋根はオレンジ色の瓦で葺かれ、家の中は暗かった。アラビアンナイトの挿画にあるような造りである。私はその石積の暗い家の中はどんな間取りで、どんな家具が置かれてあるのだろうと好奇心が働いた。ひょっとすると白い服を着た、鷲鼻のおばあさんが腰を曲げて、ランプでも持って出てくるのではなかろうかなどと想像もした。人が住んでいない崩れかかった石積みの家もあった。石を積み上げ、石灰を塗った白い壁に、赤紫の花を付けた蔓草が屋根まで這い上がっている。松の木もある。柳に似た大木が枝を垂らしている。なんという木かと聞いたら「ユーカリ」だという。そんな木が街路樹として植えられている。
十分くらい走ると郊外に出た。ゆるい起伏のある丘がつぎつぎと現れる。広い道路はその丘を切り拓いて真直に伸びている。道路の真中に白い線、が引かれているのは日本と同じだった。丘の斜面にオレンジが植えられ、黄色いオレンジが鈴なりに輝いている。畑の境界に四、五メートルの糸杉が植えられ、枝は極限にまで刈り込まれているのでちょうどグリーンの鉛筆を立てたような形である。ガイド氏が右側を指差しながら、あの稜線の向こうに地中海がありますと説明した。
二十分くらい走ると、見渡す限り、白茶けた砂礁の丘に一変した。木は一本もない。僅かに芝生に似た刺のある草がところどころに這うようにへばりついているだけである。
建国してまだ二十六年しか経っていないこの新しい国は、砂礁の荒野に計画的に道路をつけ、電柱を立て、水道を通し、植林し、畑を作って国造りに励んでいる。先ほどまで見てきたオレンジ畑、糸杉の林はすべて建国後計画的に自然を変えた跡だという。私はユダヤ人の頭脳と底力を見せつけられたような思いがした。
窓から射し込む朝の太陽の光はもう真夏のように暑かった。
やがて、あっち、こっちの丘の麓や中腹に、七、八階建の高層アパートが五、六棟ずっかたまって立っている。実に壮観である。ガイド氏の説明では、ユダヤ人がいっ、どこから帰って来てもすぐ入れるように準備をして待っているのだという。それでまだ、どのアパートもガラ空きであった。国造りとして同胞を呼び戻す大事なことを真先にやっているのである。

おススメ会社設立セット

  1. 店舗販売最安レベル9,800円!会社設立印鑑3点セット(柘植)

    ※通信販売は行っておりません。
  2. 会社設立センター・起業家応援パック

    会社設立・起業家応援パック(司法書士+税理士)まとめて頼む=とってもお得な起業家応援パッ...
  3. 会社設立ブランディングセット

    せっかく開業した貴方の法人、告知やご案内は、終了していますか??「会社設立ブラン...