イスタンプール着

目を覚ます。六時五十分だった。外はまだ白々明けである。額に汗が出ている。暖房の効き過ぎだ。山々が墨絵のようなシルエットを見せている、台風でもあったのか大きい木があっちこっちに倒れている。それにしても、明けの空に透けて見える裸木の枝に、たくさんある鳥の巣が落ちていない。
上手に作るものだ。彼等の生活の知恵というものだろう。
赤茶けた雑木林が続く。突然右側に青い海が見えた。なんと穏やかで、静かな海であろう。すばやくスケッチをした。十時二十四分だった。日を覚ましてからコ一時間半がたつていた。それからは徐行、停車、徐行、停車を繰り返し、イスタンプールを自の前にしてなかなか走らず、イライラする。
やがて海岸線に沿って滑るように進む。小さいモスク(イスラム教の寺院)が現れた。丸い屋根、高いミナレット(尖塔)、これもすばやくスケッチした。白壁の二階建の家があった。その前に帆を下ろしたヨットが二一般繋がれている。絵になるすばらしい風景である。これもすばやくスケッチした。
小学校があった。校庭に児童がワァワァ飛び回っている。どこの国の子供も、子供は無邪気で活発だ。
ごみごみとした裏街を通ったかと思うと、大きなマンション風の近代的な建物の街を走る。船が浮かんでいる。大きい船、小さい船、黒い船、白い船、赤錆びた貨物船、列車は相変わらずノロノロ走る。木造、マンション、鶏小屋、石造り、バラック、雑多な建物が集まっている街だ。対岸の岬に白い建物が並んでいる。アジア大陸の西端である。
十一時十一分、ようやくイスタンプールのシルケジ駅に着いた。かつて東ローマ帝国の首府であったコンスタンチノープルである。
二十キロの画のうと二十四キロのトランクを持って下車した。新婚さんは小さいリュックサックと、手下げ袋を持って下りて来た。お互い日本人で旧知のように挨拶をした。
三人で改札口の方へ歩くと、銃を抱えた憲兵が三人、乗降客を監視していた。われわれは旅行者で何の関りもないが、やっぱり無気味で怖い。彼等のそばを通る時に見たが、軍服は薄汚く、袖口が擦り切れていた。
駅前広場は、広場というほどの広さではない。靴磨きが十五、六人ずらりと並んでいた。年寄りもおれば子供もいる。みんな汚れた服を着ている。靴を磨いてもらっているお客は一人もいない。靴磨きの台に真鎗の球が付いていて、その球だけがよく磨かれて光っている。
駅前通りの向に立っている三、四階建のビルは、どれもこれも古く汚れている。イスタンプールの第一印象はと聞かれれば、率直に「不潔な街ですね」と答えるほかない。
「ホテルがありましょうか」私が新婚さんに尋ねた。「私達もこれから探そうと思っております」旦那さんが答えた。痩せ形の背の高い男だった。奥さんは小柄で、貧相な人だった。「あそこに一軒あります」と旦那さんが言った。三人で駅前の道路を横切って行ってみた。背広を着た若い男が一人おって、入口に玉葱をいれた篭と大きい麻袋が五袋積み重ねてあった。新婚さんは、もう少し探して見ますと言ったが、私は画のうとトランクを持って、どこにあるか分からないホテルを探し回るわけにはゆかない。私が若い男に「泊めてもらいたいが」というと、若い男は、私がベレー帽に付けていた
「日の丸」のバッジを見て「オオ、ジャポン」と言って、胸ポケットからメモ紙を出して三百トルコリラと書いた。日本円にして六百円くらいだ。取り敢えず私はここに予約した。新婚さんは「もう少し探して見ます」と言ってから、いいホテルがあったら知らせに来ますよと言って歩き出した。
案内をされた二階の部屋は、窓がなく真暗だった。若い男がスイッチを入れるとついた電灯は裸電球だった。一泊六百円では賛沢はいえない。それにしても毛布が垢染みて湿っぽいのには気持ちが悪くなった。ことに毛布の端の布が人の脂で真黒に汚れて光っていた。これからゆっくりと探そう。そう思って今晩だけは我慢してここに泊まることにした。
取り敢えず、アメリカドルをトルコの貨幣に両替しなければならない。銀行はどこにあるかと尋ねたら、ホテルの脇の路地を入って左側にあるという。五十メートルくらい入ったところにあった。ここにも銃を持った憲兵がコ一人立っていた。
両替に出たついでに付近の街を歩いてみた。銀行へくるまでの聞に画材屋が二軒とカメラ屋が一軒あった。細い路地の両側に豆や小豆を樽に入れて並べている店、肉屋、八百屋、衣料品店がある。
二、三年洗ったことのないような真黒い汚れた顔の男が大きい荷物を背負い、腰を屈めて歩いている。穀物を入れた麻袋を重そうに肩に乗せて歩いている半裸の男もいる。良く見ると六十歳を越した老人だった。この狭い路地では自動車は入れない。人力によるほかはないからだ。一畳くらいのカーペットを二、三枚重ねて一にかけ、お客を呼びながら歩いている男もいた。カーペットの花模様は原色に近く、鮮やかできれいだった。
誼鈍粉を丸く焼いた中に野菜を挟んだパンを、箱に入れて売り歩いている男がいた。買った男も歩きながら食べている。またパンの中に鮮の空揚げを挟んで売っている男もいた。鮮の空揚げが食べたくて買った。金を払うと、電話帳を切って包んでくれた。食べて見るとうまい。日本円で六十円くらいだった。駅に着いて三時、私はもうこのごみごみとした街に溶け込んでいた。
夕方新婚さんが訪ねて来て、良いホテルが見つかったと知らせ、ホテルの名刺をくれた。

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